鎌田實の心と体の健康法は?実父母に捨てられた!育ての親の言葉とは

この記事は3分で読めます

 

医師で作家の鎌田實さんが41年前
長野県の諏訪中央病院に赴任したときには
まさに脳卒中多発地帯で

何とかしなければと
住民の身になって考え出したのが
健康づくり運動で

その時から鎌田實さんの提唱する
健康法は変わらず、塩分を減らす
野菜をたくさん食べる

食物繊維と発酵食品を取ること
運動の大切さも説いて回った。

と講演で語っています。

 

鎌田實さんの著書「がんばらない」は
テレビドラマとして2001年に
西田敏行さん主演で放映されました

 

鎌田實さんは

1歳の時に本当の父親と母親に捨てられた
つらい過去を持っています。

今回はそんな鎌田實さんを取り上げてみました

最後まで読んでくれると嬉しいです。

 

スポンサードリンク

 

 

 

鎌田實のプロフィール

 

 

bandicam 2015-08-08 17-14-19-897

 

鎌田實(かまたみのる)

生年月日:1948年6月28日

東京医科歯科大学医学部卒業

諏訪中央病院名誉院長

日本チェルノブイリ連帯基金(JCF )理事長

東京医科歯科大学臨床教授

東海大学医学部非常勤教授

岐阜経済大学客員教授

 

ぼくは父や母の顔を知らない
一歳のときに父や母はぼくを育てられず
ぼくを捨てた。

ぼくを拾ってくれた人は貧乏なタクシーの運転手だった
母になってくれた人は心臓病を患って入院生活が長かった
あったかな時代だった。鎌田さんの家は大変と思って

近所の人が助けてくれた
父は母の医療費をかせぐために
夜遅くまでタクシーの運転手をして働いた。

ぼくは近所のおばさんたちに
ご飯をよくご馳走になった。

近所のおばさんたちのおかげで
ぼくは生きてこれた。

(医師・作家 鎌田 實 「輝くこころに」 参照)

 

 

好きになるのに40年もかかったけれど
岩次郎(鎌田實さんの育ての親)という男の存在が
ぼくの核をなしています。

岩次郎は青森県花巻市(現・黒岩市)
で貧農の末っ子として生まれ
小学校しか出ていない

18歳で上京し
公営バスなどの運転手で生計を立てます
バスの車掌だった母のふみと結婚しますが

居を構えた東京都杉並区の家は
6畳二間と3畳、お勝手
はじめはお風呂もなかった。

ぼくが小学校に上がる前
母が僧坊弁狭窄症(そうぼうべんきょうさくしょう)という
心臓病を患います

入退院を繰り返した先は
日本で唯一の心臓病専門病院だった
東京女子医大付属日本心臓血圧研究所(心研)でした。

(時代の証言者・すごい父に拾われた 参照)

 
bandicam 2015-08-08 17-10-07-336

 

 

岩次郎は
朝8時から夜まで
長い日は1日15時間も働きます。

切りつめても切りつめても
お金は母の治療費に消える

疲れ切って帰り
夕食をつくれない夜は
ぼくを連れて近くの定食屋へ。

ぼくはいつも、おかずに
一番安い野菜炒めを選びました

名前の通りに頑固で
無口だけど声が大きく
津軽弁で理路整然と話す人でした。

背筋が伸びて、シャンとしていた
上京した同郷の苦学生を狭い家に置いてあげたりもした。

でも、ぼくが運動会の徒競走や試験で一番になっても
岩次郎は決して褒めてくれない
全力を出し切っていないって見られた。

叱られて、叱られて
ぼくは育ちました。

「ぼくのほうを見てよ。理解してよ」
と心でつぶやきながら。

(時代の証言者・すごい父に拾われた 参照)

 

18歳のとき、父はお金がないので働いてくれといった
ぼくは泣きながら
大学に行かせてほしいと頼んだ

何度も何度も泣きながら頼んで、
やっと父は許してくれた。

1つだけ約束しろといった。
「うちみたいな貧乏な患者が
どういう思いで医者にかかるのか

お前は忘れるなよ。
弱い人とかお年寄りとかお金のない人を
大事にみる医者になれよ」

と父はいった。

今もぼくは父の約束を守っている。

35年前、信州の医者がいなくて
困っている病院に来たのも
父の言葉が背中を押してくれた。

困っている人や弱い人を助けるために
田舎に行ってもいいと思ったのである。

今から18年前
チェルノブイリの支援をするときにも
父の言葉が背中を押してくれた。

放射能の汚染地域に生まれたいと
思って生まれてきた子は1人もいない。
子どもたちに責任はない。

困っている子どもを
救いたいとぼくは思って

チェルノブイリの白血病の
子どもたちの支援をはじめた。

 

(医師・作家 鎌田 實 「輝くこころに」 参照)

 

 

bandicam 2015-08-08 17-13-34-176

 

鎌田實さんは
脳卒中の死亡率が秋田県に次いで
全国第2位の長野県が

あっという間に日本一の健康長寿県になり
健康長寿日本一に貢献したのは

意外にも高齢者の就業率であったと
講演で言っています。

健康で長生きしていくためには
食べ物や運動も大事だが
目標や生きがいを持つことも

欠かせないということが
研究でも明らかになっているそうです。

長野県は小規模な農家が多く
70歳になっても80歳になっても引退せず農作物を栽培する。

それを売ったお金で日帰り温泉旅行に
出かけたり、孫に小遣いをあげたり

そうすることで自分の存在意義を見つけ
生きがいにつながっている
と語っています。

 

最後に私の好きな 鎌田實さんの
言葉を記して終わりにしたいと思います。

よく考え

よく生き

よく死ぬとき

不器用だけれど手ごたえのある生が

見えてくるような気がする

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

鎌田實さんの未来に幸あれとお祈りしています。

スポンサードリンク

スポンサードリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

カテゴリー

おすすめカテゴリー記事